共育セミナー ローフードと日常生活の中でできる放射能対策
2011/07/27
今年の共育セミナーでは『医食同源』『リンパケアー』に続いて、『あなたもみるみる健康になる!ローフードのすすめ』をテーマに行列の出来る人気サロンを経営していらっしゃり、経営者としても注目されている美容アドバイザーの貞金香苗氏をお招きしてお話を伺いました。東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故での漏洩により、誰もが気になっている放射能対策についてもお話しいただきました。
貞金先生のお父様は広島での被爆者であった事や、(其のお父様が被爆直後に沢山の梨を食べて放射能の影響を排出できたのではないかと感じているとの事)、又実の妹さんの乳がんを一緒に闘っている事からダイエットだけではなく放射能対策についても目が開かれたのかと思いました。
『プリンセスダイエット』という本も書かれているのですが、そこにもダイエットというより酵素の働きをよく理解し体のリズム、サイクルを整えすっきり元気に暮らしましょうと言う知恵が書かれているように思いました。
酵素というのも良く知られている言葉ですが再度勉強し今後は意識して摂取を心がけようと思います。以下酵素の働きと体のサイクルについて当日の私のメモを記します。
酵素というのは、私たちの身体の働きを助ける成分。消化吸収を助ける食物酵素は栄養素の吸収を高め代謝も高めてくれるが、熱に弱く48℃以下で活発に働く特性がある。(その為48℃以下で処理された食物をローフード又はリビングフードと言う。)
ローフードを中心に1日のサイクルを大切に食事することが生き生きと健康になり、又ダイエットにも成功するとのことです。
その1日24時間の理想の食事サイクルは
【4時〜12時】 排泄
消化に負担をかけない食事をする、不要なものを排出する
(野菜、果物、野菜ジュース等)
【12時〜20時】 摂取
栄養豊富な食事をする
(昼食にはエネルギー源の炭水化物、夕食には身体を整える蛋白質)
【20時〜4時】 吸収
栄養を吸収し身体に同化させる、食事を控える
つまり、1日2食をしっかり食べて朝は軽くするのがポイントだそうです。
次に放射能対策についても資料をもとに一通りの説明がありました。新聞やテレビでも沢山の情報がありますが、普段から心得ていれば簡単に防げる知識、食品の摂取の仕方を私のメモとして簡単にまとめてみました。
★放射性物質の特徴
○セシウム
主に筋肉に蓄積 牛肉 半減期30年
○ストロンチウム(体内でカルシュウムの様な動きをする)
骨に蓄積する 半減期29年
★デトックス(除去)
味噌・納豆・海草・玄米等の伝統的日本食は多くの放射性防護の性質を持つ
★放射線による害を防御する潜在力を持つ物質・食べ物@
抗酸化物質 = ビタミンE・C・セレニュウム・ベータカロチン
グルタチオンレベルを高める食物
=アスパラガス・アボガド・ケールウオータークレソン・キャベツ・シナモン
亜硫酸システイン=生卵・成熟したニンニク・玉ネギ
リポ酸=ほうれん草・ブロッコリ・玄米の糠
クロロフィル(高い抗酸化効果を持つ)=小麦若葉・大麦若葉・海草・クロレラ・スピルナ・緑の葉物
★放射線による害を防御する潜在力を持つ物質・食べ物A
ペクチン リンゴ・柑橘類
味噌・納豆
その他、フィチン酸塩、セルロース、ジオライト、ルチン(蕎麦)海藻等
最後に沢山の質問が寄せられ「温野菜が体に良いと聞いていたが・・・」とか、「一日3食の中で朝食をしっかり摂るのが太らないし、体に良いと聞いていたが?」とかありました。色々な考えがある中、自分には何が合っているのか?守れるのか?必要か?を考える参考にはなったのかなと思っています。
葛飾支部 江戸川興業(株) 吉田玉枝

静岡全国大会 社員一人ひとりが主人公の企業づくり
2011/06/10
橋本久美子社長は、吉村紙業の創業者であるお父様の長女として生まれましたが、24歳の時にクリスマスケーキは腐るから結婚する!!っと橋本氏のお嫁さんになられたので橋本久美子さんと苗字が違い、跡取りとして残られた妹さんが吉村の姓を名乗り、弟さんも副社長で代表権をもっておられるそうです。
ここまでの話の中で、既に笑いを3回以上取られて、噂どおり面白い語り口で橋本社長の講演が始まりました。
常に土俵の切り方を考えるときに目的と目標を考える。これは例えば・・・
目的(〜のために)
結婚式にドレスをきる為に
目標(〜する)
ウエストを2cm細くする
今回のこの基調講演では、
目的: 皆様がこの90分の報告を無駄な時間としないために
目標: 聞いた人がいただき!っと2回以上メモする
ことをめざします。というところの整理は大変すっきり!
・・・ここで既にメモ
メモφ(..)
1.会社概要/土俵の切り方
吉村紙業株式会社 橋本社長のお父様は、お茶の茶袋を作る企業としてスタートした会社をフィルムの茶袋が一般化してくるのにあわせて、
フィルム→印刷→張合わせ→後工程
まで一貫生産できる設備をもった工場を静岡茶の生産地(川上)に近い沼津に作った。
大変なカリスマ社長で、ワンマンでしかし、先見の明がある素晴らしい経営者であった。橋本さんの小さい頃は、お茶はお茶屋さんで量り売りしていた時代で、自宅ではお母さんが手内職で袋をものすごい速さで張り合わせていて、3歳のころからその重石としてお手伝いしていた・・・そんな時代から、茶袋を商っていた茶袋専門の印刷会社である。吉村紙業は、そんなお茶の茶袋を作るその分野では日本一の会社である。(日本茶の袋は世界中探しても日本でしか作らないだろうから世界一の会社とも言える)土俵の切り方としては、この「お茶」という分野に特化することを重視してきた。
51億の半分が3000アイテムの既製品で100枚から3時に注文の電話を頂ければその日に発送。残りの半分はオリジナルの袋をお茶のメーカーさんに売っている。
現在は、このオリジナルをベースとして、
デザイン→企画→グラビア印刷→ラミネート→製造→後工程
の一貫生産を強みとしている。この設備を持っているのでミラクル納期の対応もできる強みを持つ会社である。
お茶業界は、そもそも年々需要が減っている業界で、そのお茶の葉をどうしたら買ってもらえるか、お茶屋さんに消費者を呼び込むか、その企画から対面販売でなく側面販売(パイを広げるお手伝い)も行なっている。
特に消費者ニーズを聞く!ということを重視して茶業界のビジネスパートナーとして「もの」から「こと」を売る会社、心に持ち込む会社を目指している。
「T-1グランプリ」「日本茶テイスティングフェスティバル」「茶Ber」といった企画を行い、価格競争に持ち込まない戦略を実践している。
株式会社ヒューマンシステム
代表取締役 湯野川 恵美

女性部総会 今野さんの講演についての感想
2011/05/17
時代を切り開き、創った方。
というのが、偽らざる気持ちです。
お話の全体からというより、時々、発せられる、気持ちをあらわす、短い言葉や、しぐさに、そのようなものを感じました。
決断したら、絶対に諦めない、信念。精神力。
このようなものを、武器に大きな功績を残されたのだろうと感じました。
私には、まねのできない、強烈なリーダーに見えました。
そして、現在の日本をつくった人のひとりとして、心に刻んでおきます。
これからの、さらなる前進=パイオニアとしての歩みを、期待いたしています。
(株)東京すずらん・北支部 石川啓夫
女性部総会「人のために生きる ベンチャーに生きる」
2011/05/17
Here? Now?ここへ私を連れてきたのは何のためか?誰が何のために今私をここに立たせているのか?と考えることがあります。今野由梨さんは、当日朝から体調がすぐれなかったとのことでしたが、スタートからやさしく問いかけるように私たちにお話をしてくださいました。
戦争末期に性格が変わってしまうほどの大空襲の体験をされたことを境に「世のため、人のため、生きる」そんな考えをもたれたとのこと。しかし、由梨さんがその為に東京の4年生の大学で学びたいとの希望を持ちますが、それはまわりの人達には全く受け入れられませんでした。だれにも褒められない大学合格の知らせ、仕送りなんかしないという親の反対を押し切って津田塾大学で学び、そしていよいよ就職ということになりました。
しかし、東京の企業であっても、由梨さんの希望する大企業は大卒女子の入社を受け入れてはくれません。当時は、女性の定年は25歳とも23歳とも言われる時代で、男性と同じように働き社長を目指すという由梨さんの考え方は理解されず、受験さえ許してもらえない企業も多かった。就活は玉砕、そうして一社も合格できなかった由梨さんは元祖フリーター生活を強いられることになります。2足のわらじどころか4足のわらじを履いて、学生時代に仕送りしてくれた妹にも仕送りするような生活の中で、ニューヨークの世界博覧会のコンパニオンの募集という情報を得て、それに応募して米国に渡ります。時に27歳。
この米国での仕事中にイエローページで探した女性経営者と出会います。彼女が経営する電話サービスの会社を訪問し電話というツールを作ったビジネスの可能性を感じそれが後年の起業に繋がります。そして、「あなたの状況は昨日までの私たちも一緒。グラスシーリング(glass ceiling)ガラスの天井とよくいわれるけれど日本の女性達は氷の天井に阻まれている。あなたはその氷天井を打ち砕くアイスブレーカーになってください。がんばって」との激励をうけ32才で日本に戻りダイアルサービスを立ち上げます。
1969年の日本は、丁度高度成長期の真っ只中で、育児ノイローゼや子殺しがニュースになっていました。その背景にある時代の変化、田舎から就職してきた沢山の人達のこと。男性は仕事で夜遅くまで働いていましたが、その奥さんが都会のなかで相談する人も無くどれだけ不安でいたのかということに気がつき、その育児相談をサービスする「赤ちゃん110番」を立ち上げ、代々木の電電公社の電話回線を振り切ってしまう。そんな今野さんの活躍はNHKで「だったひとりの反乱」として取り上げられたりもしました。
それから、ベンチャーの母として孫さんやアスキーの西さん、DNAの南場さんといったそうそうたるベンチャーとかかわり、自社のビジネスもアメリカや中国へも展開されて現在に至っています。
今野由梨さんは、2時間の講演とその後の1時間の名刺交換・懇親会共にずっと椅子にかけられることはなく、丁寧に対応してくださいました。今野さんと名刺交換した時「がんばりなさい」と声をかけて頂いたのですが、その時、ずーっと以前の自分の記憶がよみがえりました。そう、私達の時代であっても「女性はがんばらなくていいよ。」という風潮はやっぱりあったのだということ。私に「がんばりなさい」と最初に声をかけてくださったのは、そう文化堂の後藤せき子会長が初めてだったかもしれません。それまでは、「がんばっているね」「よくやっているね」ということは言われたけれども、特にサラリーマンのころはそういうがんばる女性は・・・という風潮はあったのだということを。
今野さんの若さの秘訣は、「人を怒らないこと。そういうわるい気を持たないようにしている」とおっしゃっていました。なんかとっても納得。講演の中でも、なんども仰っていた「悪いことはいいことに変わると信じていると、きっとよいことに変えることができる」というお話とあわせて、私もそのように考えてどんどん若く生きたいと思いました。(でも一緒に懇親会に参加されていた男性がそっと教えてくださったのは「ウコン茶いつも飲んでるよ」ということでしたが・・・)
最後に、今野さんの著書にサインを頂きましたが「今野由梨 完全燃焼」とサインしていただいた時、その潔さというか生き方に涙があふれそうになりました。上手くいえませんが、私も、そんなふうに世の中のために灰になるまでがんばりたいと思いました。今野さんの素晴らしいお話をみなさんにどれだけ伝えられたかわかりませんが、本当によいお話を拝聴することが出来てありがとうございました。
お骨折りくださった女性部 佐久間部長、大感謝です。
ありがとうございました。
株式会社ヒューマンシステム
代表取締役 湯野川 恵美
女性部総会
2011/05/17
今年73歳を迎えた母も 今野さんと同じく 兵庫県の姫路市から東京の女子美大に入学して 女性が就職する難しさを実感したと話していた事を思い出しました
女性が男性と同じ立場に立つことを世の中が認めなかったのでしょう
その母は 会社経営には至りませんでしたが 自宅で水墨画を描きバブル期には 相当数絵が売れて 一時期はサラリーマンの父よりも収入が多いかったようです(笑)
今野さんの人生も母の人生も 人に喜んでもらいたいという根底に流れる意識は同じであったのではないかと思います
起業するとはどういうことなのか 改めて自分を問い正すいい機会を頂いたそんなセミナーであったと思います
私も今野さんの年齢になるまで 元気で社会に貢献できる会社経営を目指して行きたいと思います
ありがとうございました
(有)ディーライト 高橋ひとみ


